過去の傑作選4 予備校の偉大な先生 前編

時がゆっくり流れる瞬間を体験したことがあるだろうか。
あまりにも驚いて、脳内物質がドバーっと流失し、その人の精神世界内での時の流れを急激に遅くしてしまう、あの瞬間である。
それは誰にでもあることだし、俺だって数回ある。大抵自転車で派手にこける時はそうなる気がする。むかし死ぬほど好きだった人と祭りの会場で偶然目が合った瞬間、俺の心臓は一瞬動くのをやめ、永遠を感じてしまった(何書いてんだか)。
でも、まさか、物理の時間にこんな形で時が止まってしまうなんて、その時まで誰が想像しただろうか。
一応これは下ネタが入っているので今まで載せようかどうか迷ってたんだけど、それで載せないのにはあまりにもったいないと思ったので、この話を今年最後の傑作選としたいと思います(でもさすがに『パラダイス』の話にはかなわないけど)。


でも、本編に入る前に、まず、高三と浪人中に通っていた予備校の、ある一人のぶっ飛んだ先生の話をしなければならない・・・。
その人は本土出身の数学の先生で、東大出身。もの凄く数学と物理が出来て、受験生の頃は、三回連続(そのうち東大模試二回)数学記述満点で全国一位をとったそうだ。
しかも、運動神経がやばい。浪人生対象の球技大会が年に一回行われるんだけど、そのときはホントに何でも出来て、ただただ驚くしかない。
しかし、明らかに変な先生でもあった。
まず、身なり。彼はTシャツの袖を無理矢理切ってタンクトップにし、授業中はずっと短パン。しかもサンダル。
肌の色もヤバかった。真っ黒。顔を見なければ、少し肌色が薄い黒人であった。タイガーウッズぐらいは黒かったんじゃないかと思う。
「日差しにやられて皮膚がんで死ぬなら、俺の本望だ」が口癖だった。
教え方も、俺は決してうまかったとは思わない。
たとえば、新しい概念を説明する時よく例を出す。ある時この先生はこんな例をだしていた。
スカラー量とベクトル量の説明で、
先生「例えばモーリスグリーン(短距離の陸上選手)が5つ子だとしよう。そいつらが100m9秒台のスピードで四方八方に散らばった時、スカラー量は秒速約30mという数字だけだけど、ベクトル量はそれに向きが加わる」
皆「・・・・・・?」
たとえの意味が分からない。
さらに、頭が良すぎるので、逆になんで俺らが理解できないのか理解できないようだった。俺なんかクラスでは明らかに理解できないレベルの話をして、どうして解らないんだという感じだった。
一浪目の時、現役浪人混合の物理?の授業でこんなことがあった。
先生「現役の連中はまだやってないだろうが、来週までに教科書読んで、数Cの二次曲線をマスターしてこい。」
二次曲線って、高校数学の最後の最後で学ぶ部分だ。
一浪の俺でもすっかり忘れて全然覚えてないんだけど!っていうか、現役の時ほぼノータッチだった気がする・・・。現役の連中には明らかに酷な宿題だ
とりあえず次の週までに一通り本は読んだ。しかし、まだあやふやのままであった。
先生「じゃあ、これからニュートンのやつが証明したケプラーの法則(惑星の運動に関する法則だったと思う)を、今から俺らも数Cをバリバリ使って証明してみよう」
・・・これは面白そうだ!だって偉人が過去に証明したのをたどって行くなんて、楽しそうじゃないか!
先生「じゃあ、その前にお前らに外積について教えよう」
・・・・外積?
外積は、大学の数学で習う数学の概念だ。もちろん大学受験には不必要(裏技で使うところはあったけど)。
説明がはじまった。最初はがんばったけど、すぐさまついて行けなくなる。
なぜ、今物理2の概念もままならないのに、わざわざ新しい概念を持ち出してくるのか謎。
・・・ていうか、数Cはどこに行ったんだよ!!
先生「何か質問は?」
皆「・・・・・・」
先生はかなり質問を大事にする人で、必ず質問を聞くし、解らなさそうにしている人を見ると質問があるのかと近づいてくる。しかし、先生の授業の場合、大抵何が解らないのかさえも解らない状態になってしまうので、質問する人はいない。
すると先生は説明を理解したと思い、説明を続行する。毎回起きる悪循環。
しかし、このときはもう最悪だ!!
大学の概念を黒板にずっとこね繰り返して、俺達は黙ってその様子をノートに書き取るしかなかった。苦痛以外の何者でもない。
早くこんな証明は終わって、問題を解くのに役立つ知識を教えてくださいよ・・・
早く終われ、早く終われ・・・
しかし、願いもむなしく、その証明を黒板に書ききるのに、なんと先生は三週間も費やした。長過ぎ!
俺達(少なくとも先輩を含めて俺の友達は全員)二週間前に取り残されて、全く理解できていない。これを理解しなきゃならないというのか・・・
すると、先生は証明を終えて最後の最後に、衝撃的なことを言った・・・・・!!
先生「・・・君たちは証明できなくてもいいよ」
・・・・・・なっ!!
今までの三週間はなんだったんだよ!もう11月なんだよ!時間を返せよ!!
しかし、それでも先生は生徒に大人気であった。
先生の話は圧倒的に面白い。圧倒的な頭の良さ。そして、圧倒的な存在感。
手作りタンクトップに短パンという格好もある意味圧倒的。
そう、圧倒的ということばがこの先生に最も似合う。
高三の秋に、赤嶺涼と俺があの瞬間みたものも、まさに、圧倒的であった・・・・。
(続く)