すべて灰に

昨日ずっと船堀の元同居人やーぼーの家にずっとこもってた。ネット開通工事のため、立ち会わなければならなかったからだ。やーぼー本人は編集会社で仕事をしている。
昼の一時前に着たんだけど、予定時刻になっても業者の人は現れない。俺はくつろぎながら待つことにした。


問題は暇な時間をどうするか、だった
あいつの家では英語の勉強と課題でもやろうと思っていたんだけど、いざついてみると全くやる気が起きなくて、ムッシュから借りたアカギをずっと読んでダラダラしてた。
電気カーペットが心地よくて、そのままぐっすり寝る。
起きたらもう七時前になっていて、今日の無意味さに気付いた。本当なら老人ホーム日夕苑にも電話を入れなければ行けなかったんだけど、ケータイの電池が足りない上に充電器も持ってきてなかったので何も出来ない。
ああ・・・・無意味な日。
やーぼーがこんなことを頼んだから悪いのではない。俺がその時間の使い方を間違えたから悪いのだ。その時間を意味のあるものにするのか、それとも逆なのか、決めるのは全部自分。
結局業者は来なかった。帰る直前、向かいの部屋の人が来て、工事業者からの不在届けがきていたと知らせてくれた。業者は、部屋を間違えたのだ。
大切な時間を無駄にした事を後悔しなら、一人電車で西千葉に帰る。
研究室に立ち寄った。ケータイの充電器をそこに忘れていたからだ。とっくに切れていたケータイにコンセントから命を吹き込みながら、その間に届いていたメールをチェック。
すると・・・・・
ユウジからのメーリスだった。ズンの家が全焼したらしい。
全焼!?
すぐ電話。
ヤツは無事だった。一酸化炭素をすって病院に運ばれたが、特別大やけどは負わなかったようだった。
出火原因はハロゲンヒーターに服が落下して、かぶさったこと。ズンが起きたときにはまだ火が燃えだしていた状態だったが、周りの人を避難させている間に一気に炎上。おかげで、隣の部屋までは燃えなかったものの、ズンの部屋自体はもう壊滅的なのだそうだ。
ズン「神は、もうすぐ俺を殺すと思う」
俺は研究室を抜けてズンの家に向かった。
アパートは無事だった。
だが、202号室だけは、もう、ただの焼け跡になっていた。
想像を超えていた。ズンの部屋だったところにあったのは、黒ずんだ空洞。洞穴。夜だったので、真っ暗。電気が通っているはずも無い。アパートに一部屋だけ洞窟が出来ている感じだった。
中に入った。
完膚なきまでの崩壊。文字通り、すべてが灰になっていた。
餃子パーティーをしたり、作品を撮影したり、酔った後寝たり、集まって映画を見たりした、すべてのものが、完全に灰になっていた。
ズンは、本当に良く生きていてくれたと思う。シャレではない。本当に良かった。ズンまで灰になってたら・・・・・・いい言葉が浮かばない
ズンは親と神に感謝すべきだ。こんな火事でも生き残れたのは生まれ持った強運だよ。これで火傷も負わなかったなんて信じられない。
結局その日はそのまま家に帰ることになった。なんかあの惨状を見てると、すごくむなしくなった。積み上げたものが灰になるなんて、こんなにも空しいものか。ズンは俺の何十倍もむなしいんだろうな。
家でぐったりしてると、メールが入った。月がすごい色をしているらしい。
俺は外に出て、月を探した。でも、どこを向いても見えない。建物が邪魔をしているのか?
少し、近くをうろうろして探した。見えない。俺はジャンパーも着ずに出てきたので、どんどんからだが冷えてきた。白い息も出てる。早く月が見たい。
空き地に行ったけど見えない。アパートに登ったけど見えない。自動販売機のところから西の空を見たけど、見えない。
結局見えなかった。
帰ってきたときは、完璧に体が冷えきっていた。
でも、探している時、色んな発見があった。だって、星を探しながら近所をうろうろしたこと無いし。電信柱とか、あの家の二階のベランダだとか。高く育った木だとか。
月は見えなかったけど、楽しかった。
つまりはそういうことかも、と、布団にくるまりながら思った。


さようなら、川上荘202号室