人の憎悪を目の当たりにすると、すごく気分が悪くなる。
1.
去年だったか一昨年だったか。
うちのアパートの正面に、屋根付きの駐輪場がある。当時その駐輪場にショッキングピンクの自転車が停められていた。
でも、この表現は正しくなくて、正確には「駐輪場に面した車道に停められていた」と言った方がいいかもしれない。駐輪場の隣を走る車道の路上に堂々とその自転車が停められていたのだ。それは道の端から1.5メートルのところで、車の往来を妨げることは無いが、それでも気を抜くとぶつかってしまいかねないところだった。
それはどこにでも売っているような自転車じゃない。いわゆるローライダーといわれるタイプの自転車で、目を刺すような鮮やかないピンク色。表面は傷一つなくなめらかに煌めいていて、太めのタイヤも外側の黒と内側の白が強烈なインパクトを打ち出していた。とにかくひと目を引く自転車だった。車道に停められていたのは、他の自転車から離れてさらなる注目を集めたかったからなのかもしれない。
で、当然というか、無茶苦茶この自転車は迷惑だった。特に困ったのは多分ゴミ収集車だろう。自転車が停められていたのはゴミ捨て場の近くだった。だから毎回ゴミ収集車は車道に停められた自転車を迂回して、車を停めなければいけなかった。
それで僕はというと。
はじめのころはそれほど気にならなかったが、何度も路上に自転車が停められているのを目撃していると次第に気になりだして、時々駐輪場まで運んだりした。それなのに、次見たときはまた路上に停まっていて、怒りが積み重なり、最終的にはこの自転車を見るだけで蹴り飛ばしたくなるぐらいめちゃめちゃ腹が立っていた。持ち主のこの路上に我が物顔で停められる傲慢さに我慢がならなかったのだ。
2.
ある日の夜、僕はものすごくイライラしていて、凄まじい気分で駅からアパートに帰ってきたら、路上に例のショッキングピンクの自転車が停まっていた。今回はいつもよりさらに路上の真ん中よりのところに佇んでいた。
その光景を観て、強烈な怒りが湧いてきた。
僕は今の今まで誰が持ち主なのか見たことなくて全然わからない。でも、きっととんでもなくふてぶてしい野郎に違いない。
きっとものすごく痛い目に会わないとわからないんだと思った。一度パンクやら窃盗やら、車に轢かれるなどの事故でもない限り、路上に停め続けるんだろう。大事なものを失うことで、ルールの大切さ、協調性の大切さを身をもって実感するに違いない。
だからこの自転車には痛い目にあって欲しいと思った。ショッキングピンクの自転車のタイヤの空気が抜けてふにゃふにゃになり、その場に倒れているのを想像すると、気持ちが高ぶってくる。
そう考えているうちに、考えが次第に、さらにアブナイ方向に走っていった。
なにか、アイスピックやら、
カッターナイフみたいなもので。。
鋭利な刃でタイヤのゴムにちょっとだけサクッとやれば。。
あっという間に空気が抜けて。。。
でも、さすがにそこまでいくと、若干引くものがあった。そんなことをしたらただの犯罪者じゃないかと思ったからだ。それで少し冷静になり、何を考えているんだと頭を振って、部屋に戻って寝た。
ところが。。
翌日、部屋を出て駅に向かおうとすると、とんでもないことが起きていた。
ショッキングピンクの自転車の前輪が、前輪を挟むフロントフォークごと、なにか圧倒的な強い力で真ん中から半分に曲げられ、大きく歪んでいたのだ。
これはちょっと偶然轢かれたとは思えなかった。というのも、自転車の他の部分は特に傷ついていない。前輪だけが巨大な力で捻じ曲げられている。おそらく誰かが自転車を倒し、その前輪を車で意図的に轢いたのだろう。
なんて破壊力。。
それは昨日までの魅力的な自転車ではなくなっていた。前輪のフロントフォークまでネジ曲がったそれは、もう自転車の亡骸だった。昨日まで自分の居場所を主張しまくっていた憎たらしさが全くなくなり、哀れさだけがそこにあった。
そして、さらに、そこに人の憎悪のようなものも感じられた。おそらくやった人は同じアパートに住む住人だろう。その人が、普段から溜まりまくっていたありったけの憎悪を持って、この暴力を成し遂げた。この自転車の亡骸は、人の憎悪の痕跡なのだ。
まあ、
なんていうか。
感想を一言で言うと。
ドン引き。
一日中気分が悪かった。
壊せばいいのにと思っていたことは、全部棚上げ。