黒い水槽

1.

小学生のとき、友人の間でちょっとした熱帯魚ブームになった。僕の家には一番長い辺が40センチぐらいの水槽があって、そこにプレコという魚を入れた。これは南アメリカ原産のナマズの仲間なんだけど、口が吸盤のようになっていて、岩などにへばりつくことができる。でも飼ってみたものの大抵水槽の壁かガラス壁にへばりついてばっかで、見ていてちっとも面白くなかった。

ある日家の近くの川の浅いところをよく見ると、小さな魚がいた。網ですくってみたところ、それは小さな野生のグッピーだった(外来種)。野生のグッピーはメダカのような体つきをした個体がメス、からだが小さくて、ひれにちょっとだけカラフルな模様がついているのがオスだ。これが何匹か採れたので、寂しかった水槽で飼うことにした。

それでもまだ魚が少ないように感じられたので、今度は川で釣れた小さいテラピアも一緒に買うことにした。これは沖縄の川にはウジャウジャいるアフリカ原産の魚だ。これでだいぶ水槽が賑やかになった。5センチぐらいのテラピア、3から4匹いるグッピー、そしてプレコ。悪くない組み合わせ。

ところが、数ヶ月もすると、グッピーのメスの腹がどんどん膨らんできた。それで卵を生むんじゃないのかと期待してたんだけど、ある朝起きてみたら、一気に数ミリ程度のちっちゃい子グッピーが増えていて驚いてしまった。グッピーは卵を腹の中で孵すらしく、子供を出産するのだそうだ。

これで一気に水槽が華やかになった。小グッピーは何匹か死んだけれど、ほとんどのグッピーはそのまま成長し、更に数匹のメスグッピーの腹が大きくなってきた。

 

 

2.

ある日、友人と弟と数名で首里城のすぐそばにある龍潭池に釣りに行った。ホントは釣りしちゃいけないらしく、今は全然そういう人はいないんだけど、当時は釣りする子供が結構いた。でも釣れる魚といえばテラピアぐらいで、近所の川と代わり映えがなく、正直物足りなかった。

ところが、しばらくたって友人の竿でエビが釣れた。

4センチぐらいの大きめのエビだった。正直こんな海老が龍潭池にいるなんて予想もしてなかったので、驚いてしまった。

それで、龍潭池の浅い部分をよーく見てみると、確かにエビがいる。しかも1匹2匹ではない。試しに底を網ですくってみた。すると、大きめのエビの他にも小さい数ミリ程度のエビがたくさん採れた。みんなものすごく興奮した。

たちまちバケツには、エビでいっぱいになった、このエビをどうしようかという話になったが、物珍しさも手伝って、このままエビを持って帰って水槽で飼おう、という話になった。友人と二人で分けても大丈夫なように、少々多めに持って帰ることにした。

 

ところが、家の近所まで戻ってきて、いざエビを分けようとすると、「いやいや、俺んちもう水槽片付けちゃったよ」と言われた。「これお前が飼うんじゃないの?」

言われてみれば、友人は魚が死んだので水槽を片付けたと言っていたような気がする。しまった、完全に忘れていた。

僕は勝手に二人で分けると思い込んでいたのだ。小さいエビばかりを持って帰ってきたんだけど、30匹はいる気がする。

でも、魚釣りの餌として、エビってよく使われているから、水槽に入れても多分テラピアか何かが食べてくれるだろうと思い直した。結局、家に帰ってそれらを全部水槽にぶち込んだ。すると、水槽に大量のエビが舞い始めた。魚が食べてくれるかと思ったが、テラピアはちょっとエビに驚いて食べようとしない。グッピーはなおさらだ。みんな窮屈そうに泳ぐようになった。夜になってさすがにエビを入れすぎたかなと不安になったが、結局そのままでいくことにした。

ところが。。

 

翌日になって水槽を見てみたら、こんどはなんとグッピーが出産していた。しかも二匹も。つまり、二匹分の腹から出てきた子グッピーが一気に所狭しと水槽内を泳ぎ始めたのだ。

実際水槽は狭かった。グッピー3代目の誕生はちょっとは嬉しかったが、小さい小魚、小さいエビがうじゃうじゃ動いて、見ていて蕁麻疹ができそうなぐらい気持ち悪くなった。水面には早速死んだ小魚やエビがぷかぷか浮かびだしていた。これはマズイと思い、死骸をすくって捨てる。

これはもう無理。3分の1ぐらいまで間引こう、と決意した。水槽が寂しいと思い、増やしてきたけれど、今は「こんなはずじゃなかった」という思いが強かった。でも、気持ち悪いから明日やろうと先延ばしをした。

 

翌日。。

 

水槽を見た。水槽は、真っ黒だった。。

まるで墨汁をぶちまけたかのように、真っ黒な水が、水槽に入っていた。水面にはおびただしいほどの死骸が浮かんでいた。プレコはガラスの壁に吸盤がひっついたまま死んでいた。まるで、伝染病が流行ったようだった。なにかが臨界点を突破して一気に増殖し水槽が一気に黒くなったのだ。この黒い水の黒い粒一つ一つは、魚を死に至らしめた病原菌なのかもしれない。

そう考えるともうショックだったし、おぞましくて水槽に近づきたくなかった。黒い悪意の塊のようだった。

 

結局それ以来魚を飼っていない。