飛んで目に入る春の虫

今日公園を自転車で走っていたら、一瞬だけ視界が黒くかすみ、目に小さな虫が入った。びっくりして瞬きをしたら、それはまぶたに巻き込まれた。その瞬間、何かが潰れたような感触があり、酸が入ったようなじわっとした痛みがまぶたの裏に広がった。家に帰ってまぶたを捲ると、その虫は丸くなって死んでいた。

この虫は今日、まさか鳥に食べられるわけでもなく、人にはたかれる訳でもなく、自分より巨大な生物の目に巻き込まれて命を落とすなんて考えもしなかったに違いない。
おれ、こうやって死ぬのか、なんてあっけない死に方なんだ。まぶたと眼球に挟まれてすり潰される瞬間、走馬灯のように思い出が走る。
はじめて卵の殻から出てきた頃のこと、蛹になって引きこもりになっていたこと、引きこもりを抜け出して、始めて自分の羽で空を自由に飛んだ日のこと、巨大な虫に襲われ恐怖に打ちひしがれた日のこと、そして初めて綺麗な羽を持ったあの娘に出会った、あの日のこと。
その意識も、次の瞬きで一瞬ですり潰され、この世から永遠に消えてしまった。

丸まった死骸を指先に留めて見つめる。まぶたで命を刈り取ってしまった。蛇口をひねって水に流す。