壁の向こうは未知の世界 後編

本編です。


2003年の12月の頭、俺は作品のクライマックスの撮影をしていた。
場所は薬学部等のトイレの近く。主人公の女の子(みっちゃんさん)がボーイフレンド(西方)から衝撃の事実を聞いて、トイレで吐くというシーンである。
その日は結構焦っていた。なぜなら、モッティーさんは忙しくて全然時間がなくて、それでこの時間もほんのわずかしかいれなかったからだ。
大急ぎで、外で二人の絡みを撮った後、次の場所に向かう。
そこは、女子トイレ。
・・・・・・・・女子トイレ!!
そう、そこは男性にとって、更衣室、女湯と並ぶ、禁断の場所。
男は、足を踏み入れてはならない、神秘の空間。
まさに聖域。
俺は、脚本を書いている時はそんな事全く考えてなかったんだけど、いざカメラを持ってその入り口に立つと、緊張せずにはいられなかった。
そう、カメラを持って入っていくんだぜ!!
実は、誤解を恐れずにいえば、女子トイレに入ったのはこれが初めてではない。
高校の時、女の子と一緒に女子トイレに入ったことがある。
そのときは、その子が『男子トイレを見たい』と言い出したので、『じゃあ、女子トイレも見せてよ』という事になったのだ。
この時初めて女子トイレには入ったんだけど、そのときは、『男子よりも便器の種類が少ないトイレ』という印象だった。大してドキドキはしない。
それまで全く未知の世界だっただけに、結構がっかりした。いわゆる“聖域”なんて、所詮そんなものだ。
ところが今回は違う。俺はそこに、“カメラ”を持って、入るのだ。
当然よぎる、“イケナイ事”をしている感。
これまで、多くの男達がカメラを持ってこの聖域に入り込み、そして散っていった。
いくら目的が違うとはいえ、若干の緊張を禁じえない。
み☆ちゃんさんが先に中に入って、先客がいるかどうか調べた。
みっ☆ゃんさん「入っていいよ」
俺「お邪魔します・・・」
なぜか頭を軽く下げて、改まった気持ちになった。
そう、ここは完全に彼女らのテリトリーなのだ。俺は明らかに異邦人。出しゃばったマネは出来ないぜ!
 
まず、かってな想像などもってのほか。冷静さを保ち、スムーズに撮影するんだ。
下らん事に、いちいち反応してはいけない・・・。
中はこじんまりとしたトイレだった。洗面台一つに個室が三つ。当然小便用便器など存在しない。
中の壁は、薄いピンク色にぬられていた。
女子トイレがピンク色なんて、なんかやらしい気分・・・・
・・・はっ!!
なんだなんだ、男子は青!女子はピンク!当たり前じゃないか!
トイレはいつもそうやって区別されているだろう!ただそれだけの事じゃないか!
何あらためてピンクに反応しているんだ・・・・。平静を保て。
で、俺は強気は装った。至って平静な様子。仮にでも、俺は監督なのだ。
しかし、俺は次第にこの場所にいるのが恐ろしくなってきた。ここにカメラを持っている事を他の女の人に見られるのが怖くなってきたのだ。
トイレでカメラを持ってたら、間違いなく痴漢と間違えられる事必死・・・!
ここに女の子がいるとは言え、一瞬たりともそんな不名誉な事は思われたくない。
早く撮影を終わらせてここから退散しなければ・・・・!!
ボーイフレンド役だった西方を見はりに立てて、俺はトイレの中での撮影を開始した。
はじめはみっちゃんさんがトイレに駆け込んで吐くシーンを撮り、その後モッティーさんが合流。
そのシーンはみっちゃんさんが鏡越しにモッティーさんを見つけるというシーンだった。超簡単なシーン。
ここまでは非常に順調な流れだった。終わりは近い。
そこまで来た時、さっきまでビビってた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
だって、なれてみれば、こんな場所、ただの部屋の何者でもない。ただ、用をたすのが、男か、女か、それだけなのだ。
男も女も人間なんだぜ?何ビビってんだよ将樹君よ?。
ここと、後一つ撮れば、早くもここからおさらばだぜ!
しかし、その強気も、次の瞬間もろくも砕け散った。
俺「はい、いきまーす。いきますよ。3、2・・・」
その時だった。
西方「マーシー来た!」
ぐわっっっ!!
その瞬間、体中の全神経が一瞬でパニックに陥った。
あたふた、あたふた。あわあわあわあわ!
一瞬脳裏離によぎる、俺が痴漢と間違えられるの図。俺がビンタの連打を浴びている。
そ、そんなん、いやや?!
俺は一目散に一番奥の個室にダッシュしてドアを閉め、鍵をかけ、奥の壁に張り付いた。
さっきまでの強気は、どこにも残ってない。
大体、男女が用をたす差なんて、犯罪級にでかいじゃないか!
心臓はバクバクである。
俺は、耳を澄ませた・・・・。
み☆ちゃんさんとモッティーさんは、そこで談笑している様子を演じているらしかった。
やがて、足音が聞こえてきた。
コツ、コツ、コツ、コツ・・・
俺「・・・・女性だ」
当たり前だ。こんなところに男が来るわけがない。
ぎい・・・・・
バタン、ガチャ・・・
足音は一番遠い側の個室に入っていったようだった。
やがて、用をたす、様々な音が・・・・・・。
  
おお・・・・
俺は、汗びっしょりになった。
なんか、俺、今すっごいイケナイ事してない・・・?
訳の分からない、罪悪感。
これは・・・
思春期の少年が、ある種の雑誌を除き見る気分・・・!
いや、
普段は恐い学校の先生が、放課後の教室で一人女装して楽しんでいるのを目撃してしまう気分にもにてる・・・
見つかったら、殺される・・・!
こわいよ、こわいよ?・・・
いや、みっちゃんさんとかがいるから大丈夫。俺は何も悪い事はしてない。
そう、俺は、悪くないのだ!
しかし、明らかに身が縮む。身長が5センチは縮む思い。
なんでなんで?俺裁判受けてるんじゃないんだぞ・・・?
俺は潔白だ!
やがて、水が流れる音が・・・・・。
みっちゃんさん「マーシーいいよー」
俺は、ぐったりしてでて来た。
・・・・・これはきつい!
俺が醜い男に見えてくる。たじたじになる自分と、あんな狭い個室で見向き合わなければならないからだ。
早く撮影して、ここから出るゾーーー!!!
モッティーさん「あら、また誰かきたみたい。」
個室に再び納まる俺。またかよ!
この人も、また一番遠い側の個室に入った。
ごそごそ・・・・
次第にこのシュチュエーションになれてきた俺は次第にじれったくなってきた。時計を見た。
なっ・・!
もうこんな時間!
何序盤で女子トイレにたじたじしながら撮影してたんだろ、俺。モッティーさん後少しで行っちゃうじゃないか!
っていうか、何やってんだよこんなとこで!
大体こんなときにトイレにくんなよ!道ばたでやれよ、道ばたで!(←鬼畜)
もはや、女性の行為を察知する事に戸惑いなど感じなくなってきた。所詮、一個向こうの個室で起きる出来事。なれてしまえばどうってことはない。
そんな事よりも、下らん事に反応して時間をつぶしてしまった前半への後悔とも合いまって、俺のイライラは簡単に頂点に達した。
その時だった。
がたんがたん・・・
ドアが開く音がする。
しかし、今回はさっきとは遥かに音がデカイ。
片耳しか聞こえない俺でもわかる。これは、至近距離で鳴っている音だ。
ま、まさか・・
いま、俺の隣の個室の扉が開かれようとしているのだ。距離的には1mもない。
たった数センチの厚さの壁の向こうではい、いま、まさに秘技が行われようとしているのだ・・・・!!
なっ!!
こんなに近いのかよ・・・・!!!
俺は、心底ビビった!!!さっきのイライラなど、明後日の方向に吹っ飛んだ!
音が、まさにダイレクトに伝わってくるのだ!
それと同時に、確かに感じるのだ。隣にいる人の存在感が・・・・!
バカやろう!!
おまえ!!
俺は、お前の隣でカメラを持って立ってるんだぞ!!
俺は竹山ばりに怒鳴ってやりたくなった。
だめだよだめだよ、こんなところで・・・・!!!!
だめだって!
ごそごそごそ
だめ・・・
ああぁぁ・・・・・
じゃーーーーーー
すぐ隣にカメラを持った男が立っている事に最後まで気付かなかったこの女性は、爽快な足音を残して去っていった。
俺は、見栄っ張りなので平然さを装って出てきた。
しかし、まさに、完全燃焼。
俺には無理だぜ、こんなところにいるのは!
ところが、俺はこんなに憔悴しきっているのに、みっちゃんさんはぴんぴんしていた。
なぜこの人は、こんなに平然としていられるんだ・・・!
みっちゃんさん「まーしー大丈夫?」
俺「え、ぜ、全然大丈夫っすよ、こんなの余裕です」
ますます小さく感じる俺の器。
逆に、みっちゃんさんは、実は凄い人なんじゃないのか?
・・・・すごい
それが、訳の分からない理由で、他人を尊敬できるという事に、初めて気付いた瞬間だったのでした。
終わり
PS。翌日撮り直しをして、遂に女の子に見つかり、痴漢と間違えられる。