【ネタ】コンビニの向かいの松井商店

商店とビールを飲むおじさん

 

この間、夕食の食材を買いに行った際、ホイップクリームを買い忘れてしまった。それで、確か近所のコンビニにあったはずだと思い出し、そこに行ってみたんだけれど、運悪く品切れ。それで、久々にコンビニの向かいにある松井商店に足を運んだ。

1.

ちょっと話は遡って。。

「松井商店」って名前はさすがに仮名だけれど、とにかく十字路に面したその店は昔からあった。

どれぐらい昔からあるのかわからないけれど、僕が今の住処に6年前に引っ越してくるずーっと前からあったはずだ。看板は汚れていて、ガラスの引き戸。開けるとチリンチリンと鈴の音が鳴る。店先には長い台があってその上に野菜が並べられ、店の中には駄菓子やらパンやら飲み物やらが並べられていた。

でも、並べられている商品は、すきっ歯のように間が開いていて、かなり寂しい感じがする。

実は、僕は他の人が買い物をしている様子を、この6年間一度も見たことがない。開いているんだから、もちろん客はいるんだろうけれど、いつ店内に入っても、店主以外誰もいない。

そして、実は物を買ったこともない。

僕が以前ものすごくコーラを飲みたくなって松井商店に入った時、コーラを切らしていて買えなかった。またある日は牛乳を買いたくなって入ったんだけれど、その日は牛乳を切らしていた。

いずれも切らすことが考えにくいオーソドックスな商品だったから、僕が見つけられないだけなんじゃないのかと思って店主に尋ねたら、いずれも「今日は切らしていて、、」と申し訳なさそうに謝られた。

ある日、夜カップヌードルを食べたくなり、こんどこそと思って松井商店に行ってみた。でも、やっぱり買えなかった。

「申し訳ないんですが、今回もちょっと切らしていて、、」

「今回も」ということは、店主はどうも僕の顔を覚えてしまったらしい。

 

2.

そんな松井商店の斜め向かいに、去年緑色の某大手コンビニエンスストアができた。

十字路に面して車を止められない松井商店に比べ、このコンビニは、この周辺では大きめな駐車場を持ち、中の商品も充実していた。いつ行ってもコーラはあるし、牛乳もあるし、カップヌードルも山積みだ。

ただでさえガタガタな松井商店も、これで終わった、と思った。ところが、一年経った今でも、なんとか続いている。

僕にはなんで存続できるのか不思議だった。某コンビニを巨大な象とすれば、松井商店は足が一本折れたアリのように感じられたからだ。何か特別な工夫でもしているのだろうか。それで興味が湧いてきて、またいつか寄ってみたいと思うようになった。でも、店主に顔を覚えられた以上、また買えなかったらと思うと、ちょっと気まずくて行きづらかった。

 

3.

話は元に戻って。。

ホイップクリームは、松井商店にはハードルが高いように感じられた。しかし、天下のコンビニ様が切らしているものがあるのであれば、僕の中で松井商店の利用価値が一気に上る。僕の心をつかむ最後のチャンスだと勝手に上から目線で考えながら、ガラス戸の中も見ずに、店の引き戸を開けた。

 

すると、店主といきなり目があった。

そして、その隣のおっさんと目があった。

そして、ふたりが手に持っている缶ビールが目に入った。

店主と、知らないおっさんが、店の中でビールを飲んでいたのだ。

 

なっ。。

 

僕はそのまま引き戸をしめようと思った。

ところが、店主が慌てて、「い、いらっしゃいませ〜」と立ち上がり、ビールをカウンターの後ろに隠した。もう一人のおっさんは、真っ赤な顔でまじまじと僕を見る。

ちょっと、入らざるを得ない感じになってしまった。。

おっさんは通路のどまんなかに座っていたが、ふらつきながら、腰掛けにしていたビール箱を足でどかしはじめた。もうすでに出来上がっているようだった。

僕はその脇をすり抜け、乳製品コーナーに向かった。ところが、牛乳はあるけれど、ホイップクリームが見つからない。

でも正直驚かなかった。もう、入り口を開けて、おっさんと目が合った瞬間からこの展開は予想できていた。ホイップクリームが、この松井商店にあるわけないのだ。

いや、むしろ、欲しい商品がピンポイントで無い店こそが、松井商店なのかもしれない。

おっさんの赤い顔がまぶたの裏でちらつく。もう気まずいし早く出たいしで、何がなんだかよく分からない。

 

 

でも念のため、店長にホイップクリームは無いか尋ねてみた。

 

「ホイップクリームですか。。」

 

…………………………………

 

「一昨日までは、あったんですけどね。。」

 

僕は静かに扉を閉じ、近くのマルエツに向かった。