住宅開発地で一晩過ごした話

3年前の10月の金曜日の夜。会社帰りに先輩に居酒屋に連れてって貰い、半蔵門で酒を飲んだ。日頃のストレスで非常に疲れていたので、たった数杯ビールを飲んだだけで出来上がってしまった。

終電間際になってお開きとなり、僕はほろ酔い気分で千葉への帰途についた。一時間半後には着いているはずだった。

ところが実際には、僕は見知らぬ駅に立っていた。新しい駅だったが、終電だったためか人が殆どおらず、駅の周囲も闇に包まれていた。僕は東西線を西船橋で寝過ごして、東葉勝田台方面に何駅も来てしまったのだ。

財布の中身を見ると、1000円札が一枚しか無い。携帯電話の電源も残り僅か。これではタクシーには乗れない。僕は駅を出た。すると背後でシャッターが閉まった。シャッターもピカピカで、改めて見ると本当に真新しい駅だった。でも、周りは真っ暗闇だった。そこで、お金を下ろせるコンビニが見つかるまで散歩することにした。そして分かった。
このあたりは新興住宅の建設予定地だったのだ。

駅は、その新興住宅に合わせて作られていた。でも住宅地の開発が遅れているのか、周りにあるのはだだっ広い空き地で、家は殆ど無かった。さらにその予定地の周囲は林で囲まれており、さらに遥か向こうに市街地の明かりが見えた。この新興住宅は市街地から離れた閑静な住処をウリにしているのかもしれない。

広大な空き地の目の前に、コンビニを見つけた。周りに建物が殆ど無いのに、コンビニの明かりだけが煌々と輝いている。どうやら住宅街からの集客を見越して建てたものの、大幅なフライングをしてしまったらしい。取り敢えずお金を下ろせると一安心だった。

ところが。

肝心のATMが取引時間を過ぎてしまい、お金が下ろせないということが分かった。どんなにカードを突っ込んでも吐き出されてしまう。それは何度やっても結果は同じだった。
財布の中の1000円は何度見ても1000円で、10000円にはならなかった。だからタクシーは諦めることにした。すでにケータイも事切れていた。こうなったら千葉まで帰るのは諦めて、どこか市街地まで歩くしか無い。

でも、外に出てみると、市街地は遥か向うにあって、あそこまでいったいいくらあるのか見当もつかなかった。そして、僕の体力も限界に近かった。眠気で視界はかすみ、足の裏も一面が血豆になったかのようだった。

時計を見た。すでに2時を回っていた。眠くて当然だ。
いやまて。ということは始発が5時だとすると、3時間我慢すればよい。どこかで3時間潰せばいいんじゃないのか?

ということで、市街地まで行くのは諦め、野宿することにした。

さすがにコンビニの横で寝るのはまずいので、せっかくだからと新興住宅の建設予定地に入っていった。そこでまばらに草が生えているところを見つけ、そのへんで拾ったダンボールを敷いてゴロンと横になる。

するとからだが冷えてきた。10月の夜は冷える。野宿するにはかなり寒い。
それでも頑張って上着にくるまり、目をつむる。すると今度は小雨まで降りだしてきた。そしてそれは本降りに発展した。コレはもう耐え切れない。

コンビニに戻った頃には体がガチガチに震えていた。時計を見るとまだ2時半で30分しか経っていない。

これでは外で眠れない。コンビニで雑誌でも読んで朝を迎えようか。でも、もう眠すぎて、立っているだけでつらい状態だった。
そこで、苦肉の策として、上下別売のかっぱを購入した。そして、闘莉王が大見出しになっている新聞紙をありったけ買い込んだ。コンビニの外に出てかっぱを着る。そして、かっぱの中に、すべての新聞紙をねじ込んだ。
すると、透明のかっぱに新聞が透けて見える状態になった。僕の全身が闘莉王まみれになった。ひどい格好だ。

でも、これは大正解だった。かっぱの気密性に、新聞紙が加わって、保温性が抜群だった。
僕は再びさっきの新興住宅地まで行き、ダンボールに横たわった。雨が降っていたが、かっぱが僕を守ってくれた。でも雨は長くは続かなかった。雲もやがて薄くなり、ついに雲の切れ目から月が覗いた。ずっと曇っていたのでぜんぜん気が付かなかったが、その日は満月だったのだ。

視界全体に一切人工物が入り込まず、ただ、月の輝く空だけが広がっていた。千葉でもこういう光景が見えるのかと感動した。

結局ほとんど眠れないまま朝を迎えたが、月を見ながら一晩過ごす経験は悪くなかった。
でも東葉勝田台トラップにはもう二度とかかりたくない。