金環日食を見てきた

今日朝5時半にタイマーに叩き起こされた。金環日食の日だった。千葉のトレジャーリバーブックカフェで、西千葉朝食会(西千葉にすむ人々が集まって朝食を食べる会)の方々と一緒に日食を観察するつもりだった。でも外を見ると曇天で、テンションが上がる前から急降下してマイナスの領域に。前日2時間しか寝ていないということもあり、しかも25年前に一度沖縄で見てるし〜といういいわけもあって、蒲団に入ってそのまま寝ようと思ったけど、結局ぼさぼさ頭で服を着替え、トレジャーリバーブックに向かった。

カフェに着いたは6時10分ごろ。それなのに、カフェの中は満員で、すでに千葉大学のサイエンスカフェの学生2人による金環日食の説明が行われていた。正直眠すぎた上に頭もほとんど働かなかったので、無表情で坐って、ぼーっとしていた。しばらくして、学生から手作りの日食ガラスを渡された。

千葉は6時19分に日食が始まり、7時34分に金環食になる予定だった。6時20分にカフェの人達は皆で近所の公園に出かけた。空は相変わらずの曇天で、太陽の光もほとんど見えない。知らないおじさんが公園の遊具を陣取って空を睨んでいたが、「ぜんぜん見えない」と言っていた。それでも僕らは空を眺め、ひたすら太陽が出るのを待つ。すると10分ほどして、わずかに雲に切れ目ができて、そこから太陽が覗いた。歓声が上がった。太陽の右上がかけていたのだ。日食は始まっていた。心臓が高鳴る瞬間だった。しかしこれは3分と持たず分厚い雲がかかり出し、ため息とともに雲の向こうに消えていった。

6時50分頃、参加者はみなカフェに戻った。プロジェクターが白い壁に投影されていて、日本各地や中国、韓国から見える日食の様子がust中継されていた。沖縄はすでに大分かけ始めていた。また、中国の(あれはどこだったか忘れた)はほぼ金環食になりかけていた。僕らはオーナーの宝川さんが作る朝食を食べながら、時計と空をにらむ。金環食の時刻が刻一刻と近づいているのに、空は相変わらずの曇天だった。誰かが茂木健一郎さんのツイートを見て、金環食の時は気温が若干下がって風が起き、雲を吹き飛ばされる可能性がある、と言った。それ以降店の外に風が吹くと敏感に反応するようになっていった。それでも、窓から見える空は灰色で、何人かが頻繁に外に出て太陽の方を確認するも、肩を落として店内に戻ってくるということを繰り返していた。

ついに、7時30分近くになった。僕は店の外に出て空を見ていた。金環日食になるのは34分から。それから5分程度しか金環日食は続かない。そのあいだに雲が切れなかったら、僕らは金環日食を見る事は出来なくなる。こんなにずっと曇天で、その5分間だけ雲が切れるなんて、そんな奇跡的な事って起きるんだろうか。映画だったらご都合主義的展開もいいところだ。

ところがもちろんこれは映画じゃない。奇跡は起きてしまった。誰かが叫んだ。
「きた、きた、きた! きた!!」

空を見ると、丁度雲が薄くなっているところから、それが現れた。

それはすでに太陽ではなく、神秘の輪っかだった。ダイヤモンドの指輪のようだった。
それは決して大げさではない。
雲の厚いところが光を吸収して輪郭だけを浮かび上がらせ、雲の薄いところは逆に光を通してまぶしく輝いていたのだ。
気がついたら、僕は肉眼で観察していた。あわてて遮光ガラスで覗いたが、かえって暗くて見えなかった。雲が光を和らげていたのだ。
また、雲が流れるおかげで、光の輪っかが輝く部分が、時間とともに変化していた。光の固まりが、円弧に沿って滑らかに波打っていた。それは息も忘れる美しさだった。
それは僕が25年前に見た、記憶の中の金環日食よりも遥かに美しかった。沖縄で見たそれは、晴れ渡った空に浮かぶ黄金の輪だった。でも、今回は、光の魔法だ。天体と天気が織りなす奇跡の宴だった。

家に帰るまで何度も頭の中で反芻した。これが人生の何を象徴しているのか。いろいろ考えた、というか頭が勝手に考えていたけど、結局それを言葉に纏めるのは辞めにした。言葉はいろんなものを削ぎ落す。豊かなまま、頭と心にとどめて生きる。